Date:Fri, 17 Apr 2009 12:58:20 +0900
From:"ミス・ブランチ 竹下"
Subject:ピンちゃんが亡くなりました。
佐野美佐子先生 お世話になっております。 少し長いメールになるかと思いますので、
時間がある時に目を通してください。 昨日18時20分ごろ、ピンちゃんが亡くなりました。
いろいろと親身になってご相談に応じてくださって、本当にありがとうございま した。
最初にお電話した時、2時間近くも丁寧にお話ししてくださったこと、一生わすれません。
お店の方も、快くご自宅の電話番号を教えてくださって…。
獣医さん は専門的な言葉が多くて、家に帰ってきてからインターネットで調べたりして
よ うやく理解していましたが、先生の言葉は全部すぐに理解できました。
本当は昨日、ピンちゃんの足が動かなくなった時には「漢方の副作用なので は?」と
不安になったりもしたのですが、原因は先生のおっしゃった通りでし た。
栄養不足で心臓の力が弱まったための心筋症発症でした。
しかし一方で、血 液検査の結果では「Retics 3.5%」となっており、ピンちゃんの体の
なかで血液 はしっかりと造られていたことがわかります。
この一ヵ月くらい私は仕事も手に つかず、毎日数時間おきにミルクとサプリメントの
ご飯を無理やり与える生活を 続けてきて、少なくともそのことは無駄ではなかったのだと
思いたいです。「あ の時こうしていたら…」なんて言い始めたらキリがないですが、
なぜもっと早く 佐野薬局さんの存在を見つけられなかったのか…と悔やまれます。
「猫エイズ」 だけでは、1回や2回の検索ではひっかかりませんでした。
いろんな言葉を組み合 せて何十回も検索して、「猫エイズ、インターフェロン」で
探した時にベムちゃ んお母さんのブログにようやくたどり着き、佐野薬局さんの
存在を知りました。 その瞬間は、絶望の暗闇のなかで一筋の光を見つけたような
気持ちでした。もし も一ヵ月早く漢方を始めていたら、ピンちゃんは助かっていた
かもしれません。 先生がおっしゃってくださったように、明るい声でピンちゃん
の目を見て 「ビョーキなおして、たらふく食べて、まるまる太ろ♪」と
ヘンテコなリズムを 付けて歌いながらご飯をあげると、気をとられたように口を
開けてくれたりもし ました。
昨晩はピンちゃんの亡骸をお風呂に入れてあげて、
汚れていた口のまわりをキレ イにしてあげて、朝まで抱いて泣いていました。
「あの時、手術をしなけれ ば…」という後悔で、胸がつぶれそうです。
検査のために背中のシコリを切除す るという手術には、高齢で麻酔のリスクが
高いことから大きなためらいがあった のに、当時のピンちゃんの血液検査の結果は
すこぶる良好で、獣医さんから 「せっかく検査の結果がいいんだから」とすすめられ、
断れませんでした。 手術から1週間ほどしてピンちゃんの容体は急変しました。
ひどい下痢が続き、体重 がどんどん減って4.5キロから3.7キロに落ち、ご飯をまったく
食べなくなり、2 週間くらい毎日点滴に通っていました。
そのさなかFIP(猫伝染生腹膜炎)の 疑いがあると告げられ、検査…。その前にもエコーや
レントゲンなど検査、検 査、検査…。最後に猫エイズの検査でもしてみるかと、ついでに
行った検査で陽性が判明…。
別の病院で8年ほど前に去勢手術をした時に行った検査では
陰性で、 それ以来、外に出していないのに…。
その病院ではツーちゃんという子を亡く し、その時の対応に疑問を抱いて病院を
変えたくらいなので、いい加減な検査 だったのかもしれません。 結局ピンちゃんのシコリは
悪性てもなんでもなく、ただの脂肪のかたまりだったの だから、ピンちゃんを死なせて
しまったのは私なのです。 ピンちゃんは優しく穏やかな性格で、ご飯の時もほかの子が
食べ終わるまで待って しまうような気弱な面があります。 私以外の人にまったくなつかず、
来客があると姿を隠してしまうような人見知りを するピンちゃんを、皮膚病の治療とはいえ
一年以上も定期的に病院に連れて行き、 ステロイドを続けてきたのも私です。 ピンちゃんに
何かしてあげたことと言えば、寝室にはピンちゃんだけが入れるという 特権を与えたくらいです。
寝室だと、ほかの子と一緒の時には絶対に鳴らさない喉を、盛大にゴロゴロ鳴らして
何度も頭突きしてきたり、頬をすりよせて甘えていました。 だからこの一ヶ月くらいは好きなだけ
寝室に居させ、今もその大好きな寝室に横たわっ ていますが、ピクリとも動かず、喉も鳴らさず、
冷たく硬くなっています。 この現実をどう受け入れたらいいのか、受け入れることができるのか、
今はまったく わかりません。 こんなに苦しい、悲しい思いをする人が一人でも減るように、
先生の考えや佐野薬局 さんの存在がもっともっと世間に広まることを心から願います。
私は子どもの頃、獣医さんを目指していました。 動物が大好きで、ムツゴロウさんや
野生の王国のテレビは欠かさず見ていて、大好き な動物たちを救いたいなどと夢見ていたのです。
高校2年の夏、それなりの努力もして国立大の農学部には入れそうな成績だったので、
学校の補習をサボる目的で獣医さんのもとへ実地研修に行くことを思いつき、運命が 変わりました。
かけがえのない命を救えないことが、なんと多いことか…。
精神的にひどく参って しまい、あっさり挫折してしまったのです。 実家で飼っていた犬や猫が
死んでいくのも辛く、悲しく、もう二度とペットなど飼わ ないと決めて十数年が経った時、
通勤途中の路地裏で定食屋のオバさんが猫に餌付け している風景を見ました。
そこに居たのが生まれて数か月だった子猫のピンちゃんです。 動物が好きなことに変わりはないけど、
亡くなるのが辛いからあまり関わりたくない、 飼うもんか…そんな気持ちがありましたが、
知らないうちに立ち止まって、いつまでも 眺めている自分がいました。
優しくて気弱なピンちゃんは、ほかの猫に威嚇されてエサに近づけず、みんながいな くなってから
空っぽのお皿をなめているような子で、私はいてもたってもいられ ず、コンビニでエサを買って
皿に継ぎ足し、食べ終わるのを見届けてから立ち去 る、そんな関係が始まりました。 ほどなく
ピンちゃんの姿を見かけなくなった時に、その存在の愛しさに気づいたよう な気がします。
数日後、ピンちゃんが瀕死でいるところを発見した時は、なりふりかまわず救急病院に かけこみ、
その後、家族に迎え入れることになりました。 1997年11月23日、ピンちゃんが回復するまで
夜を徹して祈りつづけたこと、今でも はっきり覚えています。 それからの約12年、
その存在にどれだけ癒され、救われたか知れません。 同居猫であるツーちゃん、コぺちゃん、
シッポちゃんのなかで、私の閉ざされた心を開くきっかけとなったピンちゃんは、特別な存在でした。
病院で恐怖のあまり私に しがみついてきた時も、爪を立てて私を傷つけるようなことは絶対になかったし、
フーッと怒ったところを1度も見たことがありません。優しくて、愛らしくて、 どうしようもないくらい特別な子でした。
今はただ途方に暮れ、生きる気力を失くしてしまったような感じです。
申し遅れましたが、私の仕事は文筆業です。いろんな本や雑誌に原稿を書いた り、本を編集・制作する
ミス・ブランチという会社を営んでいます。いつか、今 のこの悲しみを克服することができたなら、
佐野薬局さんと猫をテーマにした本 を作りたいと思います。ピンちゃんと出会う数年前、
私は白血病で父を亡くし、 その時にも病院の検査漬け、化学物質(抗がん剤)漬けの治療や西洋医学に
限界 を感じ、疑問を抱き、自分でもいろいろと勉強をして、ピンちゃんが発病した当 初からフコイダンや
アガリクスを行っていました。人間が本来持つ免疫力、ホメ オスタシスは、猫だって同じのはずですから、
先生のおっしゃることには最初か ら 100%共感できました。 でも、病状がよくない時は特に、白衣を着た人の
言葉を鵜呑みにしてしまいます。もしもこの子を亡くしてしまったら…そんな不安に漬け込むように、
次々と迷い が生じるのです。この教訓を何かの形にして残していくことは、文筆家としての私の使命で
あるような気がしますし、ピンちゃんの供養にもなるような、そんな 気がしています。
さっき、2度目のお薬が届きました。無駄になったとは決して思いません。実は昨日、先生のお電話のあとすぐに
酸素ボンベを買いに走っただけでなく、酸素ルームまで取り付けてしまいました。私は最後の瞬間まで、
できる精一杯のことを したのだと、せめてもの慰めにしたいと思います。 先生がおっしゃった通り、ピンちゃんの
最後は私が看取りました。 発作でひどく苦しんで、私のひざからは飛び出したけれど、最後の瞬間まで
背中を さすって名前を呼び続けました。思えば毎日仕事で忙しく、あまりかまってやれな かった私の隙を見つけて、
ピンちゃんは甘えていました。 私と二人きりになっただけで、目が合っただけで、喉がゴロゴロ鳴っていました。
仕事より何より優先してピンちゃんにかかりきりになったこの数ヵ月は、少しは償い になったのでしょうか…。
私は私なりに、持てる愛情のほぼすべてを捧げてピンちゃんの幸せを願ったこと、 ピンちゃんにだけは
わかってもらいたいのですが…。
今度は自分の体調のことでご相談させていただくかもしれません。
昨日ピンちゃんのために精度の高い体温計を買って来て自分で
試したら38.7度あ りました。このところずっと頭痛がして、足元がふらついたりしていたのは、
そ のせいなのでしょうね。さっそく届いたお薬を試してみます。
いろいろと、本当にありがとうございました。
竹下 雅美 & PIN
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